日々のこと

ヒッチハイクしながら失敗について考えた話

こんにちは、ヒビラクです。

今回はヒッチハイクと失敗の話

わたしはヒッチハイクが大好きで、旅をする手段の一つに普通に加わってきます。

そんなヒッチハイクで親指を掲げながら思った失敗の事です。

「失敗」は捉え方のひとつに過ぎない

ヒッチハイクをする時は車通りがそこそこ多い路上で普通の乗用車を目当てにやります。

高速の入り口でトラックを目当てにしたり、サービスエリアでやったりは経験がありません。

普通の道路の路肩に立って親指を掲げるわけですが、掲げて一台目の車が停まってくれたのは今のところ1度のみです。

大半は通り過ぎていく車ばかりですが、車内の反応を見ていると大抵

  • 目もくれず真っすぐを見据えている
  • あらぬ方向を見る
  • こっちを見る
  • めちゃくちゃ怪訝な顔をして見る
  • 指さして何事か同乗者と話す
  • 速度を落として見る
  • 停まって怪訝な顔をして走り去る

こんな反応。

最後とか嫌がらせですね。やったと思って荷物を持った瞬間に走り去っていきました。

いい思い出です。

もし1台の車が通り過ぎてしまう事を失敗だとカウントしたら10回の失敗なんてすぐです。

最初のうちは車が通り過ぎる度に顔面から火が出るかと思うくらい恥ずかしかったです

俺何やってんだろ、車通り過ぎちゃった。失敗だ・・・もうやめたい。みたいにも思いました。

それでも続けた結果、段々と「試行回数が増えただけ。」と思い始めるようになったんですよね。

こう考えるともう車が通り過ぎようが好奇の目で見られようが何とも感じないようになりました。

多分通り過ぎる一台一台の車に対する期待が大きすぎたんでしょうね。

転じてこれは他の行動にも言えるんじゃないかと考えています。

期待値をちょっと下げてみる

何か行動をする時に「絶対成功させたい!」「素晴らしい結果を手にしたい!」という期待が大きすぎると、思い通りに事が運ばなかった時のショックも大きいです。

もしもそのショックを「失敗」と捉えて次の行動への気力を削いでしまうのであれば、これほど残念な事はありません。

ついでに思いが強すぎると、そもそも自分が採っている手段のマズさに固執しかねない危うさもあります。

一度、夕暮れ時が近いのに宿泊場所が近づかず経験上車がなかなか捕まらなさそうな場所で無理やりヒッチハイクした事があります。

案の定20分程立っていても車は停まってくれなかったので、真っ暗になる前に走ってヒッチハイクするのに条件が良さそうな場所を探して事なきを得ました。

場所を変えてからは5分と経たずに車が停まってくれたのですが、もし最初の場所で「絶対に車に停まってもらうぞ!」と固執していたらどういう結果になっていたかは分かりません。

期待値をどんどんと膨らませてしまう前に、まずは「とりあえずやってみっか?」位の気軽さをもって行動する事から始めましょう。

いいことあるよ。